「唐津くんち」とは?曳山の種類はどのくらいある?
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「日本三大くんち」の一つである佐賀県唐津市の「唐津くんち」。
唐津くんちの一番の見ものは、やはり豪華絢爛で色々なモチーフで作られている「曳山」が有名です。
では、曳山の種類はどのくらいあるのでしょうか?
今回は、唐津くんちの「曳山」にフォーカスを当て、詳しくご紹介いたします。
唐津くんちとは?
「唐津くんち」は、佐賀県唐津市の唐津神社の秋季例大祭のことを言い、「長崎くんち」「博多おくんち」に並ぶ日本三大くんちの一つです。
毎年11月2日〜4日の3日間行われており、重要無形民俗文化財、ユネスコ無形文化遺産にも登録されており、例年延べ50万人を超える大規模なお祭りとなっています。
755年に建立された唐津神社の歴史は深く、現在のお祭りのかたちとなったのは主に江戸時代からで、この頃に唐津くんちで有名な「曳山」が作られたとされています。
唐津くんちの日程とその概要
唐津くんちは毎年11月2日・3日・4日の3日間にかけて佐賀県唐津市の唐津神社で開催される秋季例大祭です。
11月2日の宵山は、唐津市大手口ら唐津神社に向かって曳山が城下町を廻り、3日に神幸祭ではお神輿と曳山が西の浜に向かいます。
そして最終日の4日は翌日祭として、再び市内を曳山が巡行し、最終的に唐津神社横の曳山展示場に曳山が納められて終了となります。
さらに詳しい内容はこちらの記事に記載されておりますので、ぜひご覧ください。
「曳山」の種類はどれくらいあるの?
3日の間に執り行われる唐津くんちで最大の見ものは、この記事のタイトルにもなっている「曳山」です。
なぜこれほどまでに曳山に注目がいくのかというと、曳山の大きさは高さ7メートル、重さ3トンを超えるほど巨大なものもあるほどに大きいものだからです。
しかも、色鮮やか、提灯によって照らされる「獅子」や「鯛」「浦島太郎」などのモチーフで色々作られている大きな曳山を見るのは面白くて、楽しく、また文化的な芸術品としても凄さがあるのです。
笛・鐘・太鼓が奏でる曳山囃子、「エンヤーエンヤー」「ヨイサーヨイサー」という掛け声が飛び交い、はっぴ姿の男性達が勇ましく力強く曳く姿が圧巻で見事とされています。
ですから、この曳山は最大の見ものとして注目されるわけなのです。
曳山の種類は全部で14種
▪️1番曳山「赤獅子」
刀町(かたなまち)、1819年(文政2年)製作。
赤色の巨大な獅子頭で、先頭を切る曳山。
獅子舞の頭に似ているものの、一般的な獅子舞は水平に張る垂れ耳だが、赤獅子は垂れた伏せ耳が特徴である。
11月3日の御神幸には角に御幣を立て、巡行の無事を祈願する。
▪️2番曳山「青獅子」
中町(なかまち)、1824年(文政7年)製作。
緑色の巨大な獅子頭で、柔らかな顔貌の赤獅子に比べ、牙を剥き出し勇ましい表情をしている。
▪️3番曳山「亀と浦島太郎」
材木町(ざいもくまち)、1841年(天保12年)製作。
幻獣の亀の甲羅の上に、浦島太郎の人形が乗った曳山。
右手に竿、左手に玉手箱を抱えている。
巡行中に雨が降ると、浦島太郎は蓑(みの)や笠(かさ)を身につけることも。
▪️源義経の兜
呉服町(ごふくまち)、1844年(天保15年)製作。
非常に精巧で精緻に作られており、実際の人間の兜を大きくしたようなものである。
▪️5番曳山「鯛」
魚屋町(うおやまち)、1845年(弘化2年)製作。
愛嬌のある表情で、鮮やかな朱色をした鯛の曳山。
縁起が良いので魚屋町の象徴として鯛が選ばれたとされる。
▪️6番曳山「鳳凰丸」(ほうおうまる)
大石町(おおいしまち)、1846年(弘化3年)製作。
中でもその造りの関係から、重量が重い曳山。
縁起の良い鳳凰が船首に飾られ、唐破風(からはふ)の屋台が載った船形の曳山である。
▪️7番曳山「飛龍」
新町(しんまち)、1846年(弘化3年)製作。
大きな龍の頭に、魚様の胴体、ピンと張った翼と尾をかたどった曳山。
当時の新町の人が、京都南禅寺の障壁画を見て感動し、それを元に造られたという逸話がある。
▪️8番曳山「金獅子」
本町(ほんまち)、1847年(弘化4年)製作。
金色の獅子頭で、制作後の改修が頻繁に行われており、歯の部分は銀箔からプラチナ箔に張り替えられるなど、豪華。
▪️9番曳山「武田信玄の兜」
木綿町(きわたまち)、1864年(元治元年)製作。
鹿角、顔の側面や頭部にに白いヤクの毛(白熊)が使われている兜。
当時の歌舞伎でも大変人気があったことから、庶民の人気にて選ばれたとされるモチーフ。
▪️10番曳山「上杉謙信の兜」
平野町(ひらのまち)、1869年(明治2年)製作。
獅子頭の装飾が特徴的な兜で、庶民の人気から選ばれたという話も。
また、武田信玄と対として制作されたかどうかは詳しくは分かっていない。
▪️11番曳山「酒呑童子と源頼光の兜」
米屋町(こめやまち)、1869年(明治2年)製作。
源頼光により退治された鬼の頭領である酒呑童子が、切り落とされた首だけで源頼光の兜に噛み付いている様を表した奇抜なデザインの曳山。
兜の頭頂部に酒呑童子の首がかぶりついて乗っている様なかたちとなっている。
▪️12番曳山「珠取獅子」
京町(きょうまち)、1875年(明治8年)製作。
一般的な珠取獅子は片方の前足を珠にかけている様であるが、こちらは緑色の獅子が、四本足で体全体で大きな朱珠に乗っている様子になっている珍しいデザイン。
▪️13番曳山「鯱」(シャチ)
水主町(かこまち)、1876年(明治9年)製作。
動物のオルカであるシャチではなく、日本の空想上の鯱である。
いわゆる、シャチホコの「鯱」である。
色は朱色で、頭と尾を上下に動かす仕掛けがついている。
▪️14番曳山「七宝丸」
江川町(えがわまち)、1876年(明治9年)製作。
船形で船頭には龍の舟飾りがついている曳山。
7つの宝を持っている船である。
失われた黒獅子の曳山
かつて紺屋町(こんやまち)には、「黒獅子」という曳山があったそうですが、明治中期には消失してしまったとされています。
ネット上では「幻の曳山」などと記載されており、「提灯の火が黒獅子に移ったためそのままお堀の水の中に放り込んだからなくなった」「写真も一枚も残っていない」などと話があります。
唐津くんちにはもう黒獅子はありませんが、唐津の地域では、黒獅子をダンボールで制作してイベントでお披露目したりされている様です。
少しでも黒獅子の何かが残っていれば良いのですが、詳細はよくわからないところもあるようですね。
まとめ
唐津くんちの最大の見ものである「曳山」は、現在14基あります。
獅子、船形、鯱や鯛など色々なデザインの巨大な曳山が巡行する姿は圧巻で見事であり、日本だけではなく世界からも人々が観光に来ています。
唐津くんちについてもっと詳しく知りたい方は、こちらに日程と概要も詳しく書いておりますので、ぜひご覧ください。
また、長崎くんちや博多おくんちにつきましてもこちらをどうぞ。
>>「博多おくんち 」とは?歴史も解説!
>>「長崎くんち」とはどんなお祭り?歴史やいつから始まったか解説
