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12月に入ると「納めの水天宮」という神社での行事があります。

これは「水天宮」がお祀りされている神社で行われる、いわば「縁日」の一つです。

特に東京の日本橋の水天宮が有名です。

日本各地の神社にお祀りされてる数多の神様の中、今回は「水天宮」という神様についてお話しさせていただきます。

「納めの水天宮」とは何なのか、その由来、そして水天宮のご利益などについても詳しく解説いたしますので、12月にどこかの神社にお参りに行きたいと思っている方はぜひご覧ください。

特にお子さまや漁業にまつわることで参拝したい方におすすめです。

納めの水天宮とは?

「納めの水天宮(おさめのすいてんぐう)」とは、12月5日にお参りする水天宮の縁日のことを言います。

水天宮の縁日は毎月5日となっているため、12月5日はいわば「年内最後の水天宮の縁日」というわけなのですね。

この日は水天宮にお参りし、下記のことをすれば良いと言われています。

  • 1年間の感謝を祈る
  • 古いお札などを納める
  • 来年への気持ち・今年の行動の反省と整理
  • 子どものことや漁業に関する感謝と祈り

納めの水天宮、水天宮参拝発展の由来

納めの水天宮の文化、もとい5日の縁日に水天宮にお参りするという風習は、江戸時代に日本橋の水天宮にお参りすることで発展したと考えられています。

というのも、実は江戸の水天宮(現在の日本橋 水天宮)にお参りできる日は、縁日である毎月5日しかなかったのです。

他の日は水天宮にお参りすることはできなかったというわけなのですね。

ところで、水天宮の総本宮を調べると福岡県にあるとなっていますが、なぜ江戸日本橋の水天宮参拝の文化が発展したのでしょうか。

それは、九州の久留米藩の9台目久留米藩主であり有馬頼徳が、1818年に九州の自家でお祀りしていた水天宮を、江戸の三田赤羽の上屋敷に分祀したのです。

当時は参勤交代で地方の武士は江戸まで来て、自国と江戸の両方で数年ずつ暮らさなければいけませんから、当然有馬氏も江戸に屋敷を構えるわけです。

このような事情があり、有馬頼徳は水天宮を江戸に分祀することができたのですね。

とは言っても、こうなりますと江戸の水天宮は有馬藩主の屋敷神として祀られていますから、一般の人が武家屋敷に自由に出入りしてお参りすることは出来ません。

しかし江戸っ子達というものは縁起を担ぎ、神仏の信仰が高い人々です。

武家屋敷の中にある水天宮への信仰は次第に人々に高まっていき、しまいには有馬藩主の屋敷に塀越しに水天宮への賽銭を投げ込む人が絶えなくなってしまいました。

そういった経緯があったことから、5日の水天宮の縁日に限り、有馬の屋敷が開放され、一般の人がお参りできる様になったと言われているのです。

ですから「納めの水天宮」は、人々の一年の締めくくりとして、年内最後の参り納めとして、多くの人々がお参りに訪れるという風習と文化ができました。

そして現在でも東京の日本橋の水天宮には、たくさんの人が参拝する風習が引き継がれているのです。

また「戌の日」には水天宮のご利益として安産と子宝祈願として多くの人が参拝されています。

ちなみに江戸時代には、この九州の久留米藩の有馬頼徳のように、自国の神様や神様を参勤交代の際に藩主が江戸に分祀したケースが多々あります。

地方の武家が参勤交代で江戸に屋敷を構え、そこに自国の神様を連れて来た結果、江戸には様々な神仏が集まったというわけなのです。

東京には色々な寺社仏閣があるのも頷ける話ですね。

水天宮の祭神とは?

水天宮の祭神は天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)と言い、「古事記」に記されている通りですと、この世の始まりの時に一番最初に「高天原(たかまがはら)」に降り立った神様とされています。

ですから天(高天原)の御中(真ん中)という意味で「天之御中主神」という神名なのだと言われているそうです。

水天宮のご利益は?

水天宮のご利益は、水、子ども、そして漁業に関するものと言われています。

水難を防いで除け、子授け・安産・子どもの健やかな成長を守り、海運を守護するとされています。

一緒にお祀りされている神様

水天宮には、天之御中主神の他に複数の神様がお祀りされていることが多くあります。

特に一緒にお祀りされていることが多い神様は、下記となります。

安徳天皇(あんとくてんのう)

平清盛の孫で2歳で即位するが、壇ノ浦の戦いにて平家は源氏に敗北。

最期は祖母である二位の尼に抱かれて壇ノ浦の急流に入水。

建連門院(けんれんもんいん)

平清盛の次女で安徳天皇の母。

平家が滅んだ後も生き残り、出家をして平家一門の菩提を弔う。

二位の尼(にいのあま)

安徳天皇の祖母。

最期は孫の安徳天皇を腕に抱き、壇ノ浦の急流に「波の下にも都がございます」と壇ノ浦の急流に身を投じ、入水により絶命。

歴史上の人物が神様となっているのはなぜ?

ところで、歴史上の偉人がお祀りされているのかというと、これは御霊信仰(ごりょうしんこう)という昔の考えが反映されていると考えられています。

御霊信仰とは、不運な人生や無念の死を遂げた者の冥福を祈り、また祟らない様にお祀りすることです。

上記の三柱の神様は、歴史上の人物であり波乱の人生や死を皆遂げています。

ですから、神様としてお祀りされていると考えられています。

水天宮との関係はよくわかっておりませんが、安徳天皇の最期を考えると、水に関することでお祀りされているのかもしれませんね。

まとめ

「納めの水天宮」とは、その年の最後の水天宮の縁日のことで、12月5日のことを言います。

水天宮には、水難を防ぎ除け、子授け・安産・子どもの健やかな成長を守り、海運を守護するというご利益があります。

納めの水天宮に参拝した際は

  • 1年間の感謝を祈る
  • 古いお札などを納める
  • 来年への気持ち・今年の行動の反省と整理
  • 子どものことや漁業に関する感謝と祈り

を行うと良いと言われています。

東京 日本橋の水天宮、また福岡県久留米市の総本宮の水天宮が有名ですが、あなたの家の近くの水天宮にもぜひお参りしてみてくださいね。

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