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「お月見どろぼう」ってなんのことでしょう?
これは古くから日本に存在する風習の一つなのです。
さて今回は、2025年のお月見泥棒がいつなのか、どこの地域が発祥なのか、由来などをご説明いたします。
実はとてもかわいい伝統行事ですので、ぜひ最後までお付き合いくださいね。
>>十五夜の意味と由来と過ごし方とは?中秋の名月との違いは?2025年はいつ?
お月見どろぼうとは?

「お月見どろぼう」は、子どものお月見イベントの一つです。
その内容は「中秋の名月である十五夜に飾られているお供物を、この日だけは子どもは盗んでも良い」という内容のもの。
地域によってはその内容は少し異なっているようで、
- 家のものをこっそり盗っても良い
- どの家のものでも子どもならば盗っても良い
- 家々をもらい歩いても良い
- 畑などから芋などの作物を盗んでも良い
など、いろいろなケースがあるようです。
ただこっそり盗っても良いなんて、ちょっとびっくりな内容ですよね。
2025年のお月見はいつ?お月見どろぼうの由来は?

2025年のお月見は、10月6日です。
そして由来についてなのですが、まず結果から言いますと、お月見どろぼうの発祥の地や由来となる場所は判明しておりません。
しかし「お月見どろぼうをする理由」は、お月見こと「中秋の名月」をにヒントが隠されています。
お月見という行事は、平安時代であった9世紀頃の日本に中国から伝わったとされています。
平安時代のお月見は宮廷や貴族の間のみの行事で、月を眺めて風流を楽しみ、詩歌や管弦、お酒を嗜むという行事だったのです。
一般庶民がお月見行事を風習として行うようになったのは、なんと「江戸時代」から。
この頃からは「月を楽しむ」というよりは「月に祈る」という意味合いが強くなっていました。
お月見のある秋は…そう「実りの秋」、つまり収穫の季節ですね。
江戸時代から人々はお月見と秋の収穫を掛け合わせ、今年の収穫と来年の実りを祈願して神様にお供えをするという風に認識が変化したのです。
そこで、登場するのが「お月見どろぼう」です。
ではなぜ、お月見どろぼうという一見バチでも当たりそうなお供物を盗むという行為が許されたのか…。
それは、子どもが「お月様のお使い者」という考え方があったからだと言われています。
つまり、
月の使いである子どもがお供物を食べる
- 神であるお月様が食べてくれた
- お供物をたくさん食べてくれると、翌年も豊作になる
このような考え方から、お月見どろぼうはむしろ大歓迎となったというワケです。
>>「十三夜」の意味や別名は?何をする?十五夜との違いも解説
お月見どろぼうをする地域はどこ?

現代でもお月見どろぼうの習慣が残っており、行事として行われている有名な地域は以下になります。
福島県
- 東白川郡塙町
愛知県
- 日進市
- 長久手市
- 名古屋市名東区
- 名古屋市緑区
三重県
- 四日市市
- 桑名市
- 川越町
- 朝日町
奈良県
- 北部
宮崎県
- 西都市
- 宮崎市
岐阜県
- 恵那市
もちろん他の都道府県、例えば東京都や茨城県、山梨県、大分県、鹿児島県、沖縄県の農村部などの地域でも行われています。
しかし、すべての地域で行われているわけではありません。
お月見どろぼうは、やはり農業に携わっている地域に根差した一つの文化だと言えるのです。
昔と現代のお月見どろぼうの違い
昔と現代のお月見どろぼうの違いは、どのようなものなのでしょうか?
昔は、お月見になると縁側や、縁側から庭に月への供え物を置いておいたのです。
日本家屋が多く、縁側があった昔の日本。
縁側は、玄関とはまた違う意味を持つ「家の外をつなぐ場所」でした。
ご近所さんや親しい間柄の人は、縁側から訪れていたのです。
そしてお月見どろぼうもまた、主に縁側からやって来ていたのです。
子どもの小さなその手には長い棒や、棒の先に釘や針金をつけたものを握りしめられ、お月見団子を突いて刺し、こっそりかつ大胆に盗んで行きました。
大人たちも「子どもは月の使者」ということで、お供物を盗まれると翌年は豊作になるという伝承から、あえて盗みやすいように、家の外との境界であった縁側や庭にお供物をわざと置いていたというわけなのです。
しかし、洋風建築が多くなった現代、西洋文化への馴染み、防犯上など色々な方面からの理由もあって、お月見どろぼう文化はだんだんと少なくなってきてしまいました。
縁側や庭にお月見のお供えをする家庭は無くなってきたのですね。
では、地域でお月見どろぼうをしているところはどのようにしているのでしょうか。
実は、ハロウィンの文化にちょっぴり似ています。
現代のお月見どろぼうのスタイルは、子どもたちが「お月見どろぼう来ました〜」「お月見どろぼうですー!」など言いながら各家庭を回り、お菓子やお団子をもらうというかたちになっています。
時代が進んでもこのようなかたちで「お月見どろぼう」という文化が地域で残っているのは、なんだか微笑ましいものですね。
まとめ
お月見どろぼうとは「十五夜に子どもたちが月へのお供物を盗んでいく」という主に農業に携わる地域に存在している風習です。
月に秋の収穫を感謝し、子どもを月の使者と見立て、盗まれると翌年も豊作になるという伝承から、各家庭はわざと縁側や庭先にお供物を置いていたそうです。
現代でもお月見どろぼうの文化は一部の地域で残ってはおりますが、昔と違ってハロウィンのように各家庭を「お月見どろぼうですー!」と回ってお菓子などをもらうというスタイルに変わっています。
由来や発祥はわかりませんが、日本の各地で「お月見どろぼう」という文化が継承されているのは、農作物へのありがたみの気持ちが失われていないと捉えて良いのではないのでしょうか。
>>五夜の意味と由来と過ごし方とは?中秋の名月との違いは?