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毎年8月8日は「ヒゲの日」です。

男性の顔の印象を大きく左右するヒゲですが、日本におけるヒゲの扱いは時代によって大きく変化してきました。

今回は、ヒゲの日の由来と、日本の歴史におけるヒゲの文化史について解説します。

ヒゲの日(8月8日の記念日)

「ヒゲの日」は毎年8月8日で、1978年(昭和53年)にカミソリメーカーの日本ワーナーランバード(現在のシック・ジャパン)によって制定されました。

8月8日という日付は、漢字の「八」が口ヒゲの形に似ていることに由来しています。

この日には、ヒゲの魅力をアピールするイベントや、「ひげNo.1コンテスト」などが開催されることもあります。

ちなみに、日本の記念日には顔のパーツに関するものが多く、

3月3日の「耳の日」、8月7日の「鼻の日」、8月8日の「ヒゲの日」、10月10日の「目の愛護デー」を合わせて「日本四大顔面記念日」と呼ばれることもあります。

日本のヒゲ文化史:時代で変わるヒゲの価値

日本人のヒゲに対する価値観は、時代ごとに「武威の象徴」から「野卑の象徴」、そして「文明の象徴」へと劇的に変化してきました。

時代 ヒゲの扱いや意味合い
戦国時代 【武威の誇示】
武将が威厳や強さを示すためにヒゲを蓄えることが一般的でした。立派なヒゲは男らしさと武勇の象徴とされていました。
江戸時代 【野卑の象徴・禁止令】
太平の世になると、ヒゲは「野蛮でむさくるしいもの」と見なされるようになりました。幕府は「大髭禁止令」を出し、武士にヒゲを剃ることを義務付けました。
幕末〜明治時代 【文明と権威の象徴】
立派なヒゲを蓄えた外国人の来日を機に、「ヒゲ=文明的」というイメージに転換。明治天皇がヒゲを蓄えたことで、政治家や軍人の間でヒゲが大流行しました。
現代 【個人のファッション】
ビジネスシーンでは清潔感から剃ることが一般的ですが、ファッションや個性の表現としてヒゲを楽しむ文化も定着しています。

江戸時代の「大髭禁止令」

日本の歴史の中で特に興味深いのが、江戸時代のヒゲに対する厳しい態度です。

戦国時代の気風が残る江戸時代初期には、まだヒゲを蓄える武士(かぶき者など)がいましたが、幕府はこれを社会秩序を乱す反抗的な態度と見なしました。

1670年(寛文10年)、江戸幕府はついに「大髭禁止令」を発布し、武士に対してヒゲを剃ることを命じました。

これ以降、日本では「ヒゲを綺麗に剃り上げていること」が身だしなみの基本となり、現代のビジネスシーンにおける「ヒゲ=不真面目・不潔」という感覚のルーツになったとも言われています。

まとめ

現代では、ヒゲは個人の自由なファッションの一部となっています。

綺麗に整えられたデザインヒゲは、大人の男性の魅力を引き立てるアイテムとして認知されています。

8月8日の「ヒゲの日」には、自分のヒゲのスタイルを見直してみたり、ヒゲのお手入れ道具を新調してみたりするのも良いかもしれません。

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