「虹蔵不見(にじかくれてみえず)」の意味や読み方とは?由来や時期はいつ?
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暦の言葉を見ていると、「虹蔵不見」という表記に出会うことがあります。
「虹蔵不見」は、二十四節気では小雪(しょうせつ)の候にあたります。
暦の上では冬が深まり、冷たい風や空の様子、木々や実の変化に冬の気配が表れる時期です。
今回は、「虹蔵不見」の意味や読み方、由来、時期、使い方についてご説明いたします!
「虹蔵不見」の意味と読み方は?
「虹蔵不見」とは、日差しが弱まり、虹を見かけなくなる頃という意味です。
「虹蔵不見」は、「にじかくれてみえず」と読みます。
虹は、空気中に浮かぶ水滴に太陽の光が当たることで見えます。
晩秋から初冬にかけては太陽の光が弱まり、空気も乾いてくるため、夏に比べて鮮やかな虹を見かける機会が少なくなります。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 言葉 | 虹蔵不見 |
| 意味 | 日差しが弱まり、虹を見かけなくなる頃 |
| 読み方 | にじかくれてみえず |
| 分類 | 七十二候 |
| 時期 | 11月22日頃から11月26日頃 |
ただし、「虹蔵不見」は虹がまったく見えなくなるという意味ではありません。
冬にも雨上がりには、淡く短い虹が現れることがあります。
はっきりとした夏の虹とは異なる、控えめでどこか物寂しい冬の虹にも、季節ならではの趣があります。
「虹蔵不見」はいつの季節?
「虹蔵不見」は、二十四節気の「小雪」の時期にあたります。
時期は、例年11月22日頃から11月26日頃です。
| 区分 | 内容 |
|---|---|
| 二十四節気 | 小雪 |
| 七十二候での位置 | 小雪の初候(第58候) |
| 時期 | 11月22日頃から11月26日頃 |
| 前の七十二候 | 金盞香(きんせんかさく) |
| 次の七十二候 | 朔風払葉(きたかぜこのはをはらう) |
小雪は、暦の上で雪が降り始める頃を意味します。
地域によってはまだ雪が少なくても、日差しや空の色、空気の乾きに、冬へ向かう変化を感じる時期です。
「虹蔵不見」の由来
「虹蔵不見」は、七十二候という暦に由来する言葉です。
「蔵」は隠れる、「不見」は見えないことを表します。
虹が空に姿を隠したように見える晩秋の情景を、四字で美しく表した言葉です。
春に虹を見かけるようになる清明の末候「虹始見(にじはじめてあらわる)」と対になる候でもあります。
「虹蔵不見」の使い方・例文
「虹蔵不見」は日常会話で頻繁に使う言葉ではありません。
ですが、暦の説明、季節の挨拶、手紙、俳句、エッセイなどでは、季節の進み具合を表す美しい言葉として使うことができます。
| 場面 | 使い方の例 |
|---|---|
| 手紙・挨拶文 | 虹蔵不見の候、朝夕の光に冬の近さを感じる頃となりました。 |
| 季節の文章 | 虹蔵不見を迎え、夏にはよく見かけた虹も少なくなりました。 |
| 暦の説明 | 七十二候の「虹蔵不見」は、日差しが弱まり虹を見かけにくくなる頃を表しています。 |
季節感を添えたいときに、ぜひ使ってみてください。
「虹蔵不見」と小雪の七十二候
「虹蔵不見」は、小雪の時期を彩る七十二候のひとつです。
小雪の七十二候は、空から見える虹、冷たい北風、色づく橘の実といった自然の変化を通して、冬が近づく様子を表しています。
| 小雪の七十二候 | 読み方 | 意味 |
|---|---|---|
| 虹蔵不見 | にじかくれてみえず | 日差しが弱まり、虹を見かけなくなる頃 |
| 朔風払葉 | きたかぜこのはをはらう | 冷たい北風が吹き、木の葉を散らす頃 |
| 橘始黄 | たちばなはじめてきばむ | 橘の実が黄色く色づき始める頃 |
これらの言葉をたどることで、晩秋から本格的な冬へ移り変わる季節の様子を感じ取ることができます。
まとめ
「虹蔵不見」は、日差しが弱まり、虹を見かけなくなる頃を表す七十二候の言葉です。
読み方は「にじかくれてみえず」で、二十四節気では小雪の候にあたります。
時期は例年11月22日頃から11月26日頃で、自然界が秋から冬へと少しずつ表情を変えていく時期です。
意味を知ると、昔の人々がいかに自然と寄り添い、その小さな変化を大切にしていたかが伝わってきますね。
この季節を迎えたら、ぜひ「虹蔵不見」という美しい暦の言葉を思い出してみてくださいね。
